高齢者訪問フットケア
湘南あしケア訪問サービス 中西です。

私の祖母は大正4年生まれの102歳でした。
今年の9月に他界しました。
特養にお世話になって8年。
身の回りのことは、自分でできることは全てしていました。

☆祖母の一日の生活

①着替え
②毎朝、ベッドの掛け布団をきちんとたたむ
③毎回のトイレは自分で
④3度の食事の前に身なりを整える
⑤食事

最後までトイレに歩いて行く事にこだわり、オムツも簡易トイレの世話にもならずに用を足していました。
しかし、ある日の朝方。
用を済ませようとトイレに行く時(もしかしたら戻る時)に転倒をしてしまいました。
幸い、脚の骨折はありませんでしたが、肋骨を打撲し痛みが出てしばらく安静が続きました。

転倒から数日の安静で筋力が低下

安静にし、痛みが少しずつ和らいでくると表情も明るくなり安心しました。
きっとまた歩ける様になり、元の生活に戻るのだろうと楽観的に考えていました。

ところが・・・

元気になりつつある日曜日の昼食を終えた後に様態が急変しました。
救急搬送され入院、診断は「誤嚥性肺炎」

♦筋力の衰えは食べるチカラにも影響

祖母の誤嚥性肺炎の発症と、転倒から安静の因果関係は証明できません。
しかし私は、下の2点の影響があったと思っています。

①安静が続き、筋力が低下したため座っている姿勢の保持が困難になり誤嚥した。
②もともと嚥下機能が低下していたが、さらに摂食・嚥下に使う筋肉も低下してしまった。

高齢者の安静

祖母は転倒後に、動くと脇腹に痛みがあると数日間安静の期間をとりました。
痛みが和らぐと、少しずつ動ける様になったので安心していました。
しかし転倒・安静期間のダメージは観た様子よりも大きく、誤嚥性肺炎に発展していまいました。
その後、3週間の入院で良くなることはなく天国に行ってしまいました。

湘南あしケア訪問サービス お客様の声

もしあの日、転倒しなければまだ祖母は元気でいたかもしれません。
もしあの日、転倒しなければ祖母は辛い入院生活をしなくても済んだかもしれません。
102歳の祖母は私に、「眠る様に死にたい」と話していました。
私も102歳まで元気でいるのだから神様は、祖母にそのくらいのご褒美はくれるだろうと思っていました。しかし、祖母の夢は叶うことはありませんでした。

祖母が教えてくれたこと

祖母のフットケアは私が担当していました。
定期的に爪を切り、保湿・リフレをしていました。
102歳迄、元気な人の足は浮腫みもなくキレイだなといつも感じていました。
最期まで、私に多くに事を学ばせてくれた祖母でした。

①骨折だけが転倒の恐怖ではないこと。

高齢者にとって安静を強いられる場面は多々あります。
そして年齢と期間によって差はあれど、確実に筋力は衰えます。
若い世代では回復する筋力も、高齢になると困難になり次の段階へ移行してしまうこともあります。

②歩くことは自己表現の手段

歩く・食べるは同じくらい大切なこと。
食べる事は生きて行く上で必要な活動です。
祖母にとって歩くことは、晩年はトイレに行く為の移動になってしまいました。
でも、そこだけは譲れないとの、自分の気持ちを表現する手段だったように思います。

祖母の最期を目の当たりにして、高齢者にとっての転倒が死につながることがあることを改て認識できました。
一人でも多くの転倒高齢者・安静高齢者を減らす為に、高齢者フットケアサービスが当たり前になるように今後も努力をしてまいります。